ノートの隅

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「広大な世界を歩いて旅できるゲームは良ゲー!」 じゃあ…

クローズドなシナリオのゲームはクソゲーなの?

なんでこんな事書いてるかというとWiiUのVCでMOTHER3をクリアしたからです。
元々色々と賛否両論なのは知っててプレイをしたのだけれど、
「なんだ全然面白いじゃん。MOTHERじゃん」って感想を抱いたのでした。

「広い世界を歩いて自由に旅できるのが魅力だった」って人達を批判するわけじゃあないんだけども、
いつからか「MOTHERはそうあるべき」にすり替わって話をしてるのを見かける(気がする)。

あらかじめ言っておくと、僕はオープンな世界観は冒険感に満ちていて好きだ。

ただオープンの魅力はその自由度だけど、反面迷子になりがちという欠点は目を瞑られてると思う。
子供の頃プレイしたDQ3は船入手直後は世界中どこでも行き放題になりワクワクしたものだが、
多分今やったら攻略サイト見るなりして効率の良い順番に上陸していくだろう。
社会人になり自由な時間が子供の頃より減った事も大きいと思うが何よりも探索が面倒なのだ。
探索を続けて物語の鍵を発見して「やった!見つけた!」という快感よりも、面倒臭さが勝つのだ。
そもそもオープンだとか自由に歩くとか言うけど、どうせ移動はほとんどルーラとかテレポートじゃん?とも思うし。
(でも面倒くささを乗り越えればより楽しい、そういう遊び方を提示してくれるのがオープンの魅力なのは充分理解している。そしてオープンなゲームでレベルバランスをしっかり整えてるゲームは素晴らしいのもわかっている。)

話を戻すとMOTHER1と2(生憎1はまだクリアしてないのだが)も同じで、そのオープンさがよく評価点に挙がっている。
だから「MOTHER3は世界観は島一つで完結していて、ストーリーは一本道で自由度が低いのがダメ」と言われがちだが、本当にそれって悪いのか??
少なくともMOTHER3は島の中にも雪山あり、火山あり、洞窟あり、と色んな顔を見せてくれた。
「新しい土地に足を踏み入れた」時特有の快感は充分に残っていた。

章立てされたストーリーは「自分が今ストーリー的にどの位置にいて目的は何か」がわかりやすい。
特にMOTHER2において個人的に困惑していたのが「目的がわからん」という事態が頻発していた事だ。
DQで慣れ親しんだ僕はMOTHER2プレイ当時、DQで養われたRPG勘が通用しないゲーム性に慣れる事に必死だった。
「面白い!面白いんだけど…何が無駄で何が重要かわからん…あれいつの間にかストーリー進んでる…あの人まだ話しかけてないのに…」とかしょっちゅうだった。
頑張って慣れようとしたら慣れた頃にはゲームをクリアしてしまっていた。
反面、MOTHER3ではその点が緩和されている。僕にとっては「ストーリーを進めるポイントがわかるから、その前にMOTHER特有の人々の雰囲気やセリフを楽しんでから行こう」とスッキリとプレイできた。

何が言いたいかと言うとMOTHER3は面白かった。という事である。
叩かれポイントによく上がるクローズドな部分は僕にとってはメリットの方が大きかったというだけかもしれない。
けれどオープンだろうがクローズドだろうがMOTHERはMOTHERだったしプレイする価値は充分にある。
糸井節溢れるセリフを楽しみたいけどストーリーがいつ進むのかわからんから後悔のないように巡回しよう…という強迫観念にかられなかったのは非常にありがたかった。

勿論クリアをして、不満や疑問点は残ったが、散々ネットで見かけて懸念していたMOTHERらしさは健在だったし、奇妙で、おもしろかった。そして、せつなかった。

MOTHER3は良ゲーでした。是非。